猫の会番外公演 猫のサロン〜家族のはなし〜「クツシタの夜」

満足度
公演時期 2014年7月17日→27日
会場 ひつじ座
戯曲 北村耕治
演出 元田暁子

あらすじ
颯子と文男は仲良し夫婦。
颯子はアルバイトで家計を助けながら細々と女優業。
文男は父から継いだ電器店を営みながら、
野良猫を捕まえては保護する地域猫活動家。
毎晩のように現れ、酒を飲みクダを巻く仲間たち。
突然の冷夏、暑いぐらいの暖冬。
終局へ向かう世界を横目に二人は幸せに暮らしてゆく。
(公式サイトより引用)
観劇感想
正直、かなり難しい内容の舞台でした。
というのも話しの流れとしては、
普通の生活を送りながら、主役?である颯子が独特の感性の持ち主なので、
回りが振り回されていく、という感じ。
彼女だけでなく、じつは回りも。

去勢をしたノラネコ、クツシタ。
最近、見かける機会がなく行方不明だったものの、
いつのまにかいつも一緒にきたメスの猫と寄り添って歩いている。
人間も似たりよったり。
好きになったり、別れたり。
その様が滑稽に思える舞台でしょうか?

前述したように、この颯子がかなりクセモノで、見た目は美人なのだけれど、
女優という職業のせいか、元々の性格なのかはわりませんが、
かんしゃくもちで、感情の起伏がかなり激しい。
俗に言われるメンヘラにも思える。
メンヘラという言葉自体、差別用語なのか難しいところですが。
彼女を妻にしている文男は、十分にそれを理解しているのだと思う。
おそらく、それを覚悟の上で結婚をしたのだろう。

アパートなのかマンションかはわからないが、
この舞台の一室の部屋は、大量の衣服が散らかっている。
これは彼女が片づけられないことを意味しているのだろうか?
また、前半部分では、玄関のチャイムを鳴らす人を無視している。
文男と颯子はかなりのネコ好きで、
近所のノラ猫の世話をしていることもしばしば。
それを快く思わない人が、説教をしに家に来ているのだと私は解釈しました。
だから、そのピンポンには出ないと。

ちなみに、私の地元でもノラネコは大問題。
私の意見としては、まずとにかく糞尿。
これがとにかくくさいです。
特に私の家は、回りの家と比べると土が多いため、ネコが近づきやすい。
詳しいことはわからないけれど、ネコはコンクリートよりも土が好きらしい。
夏はコンクリートの方が冷たいかな?
夜中の鳴き声、ガタガタと屋根を走り歩く音、苦労がたえません。
しかも、いつの間にかドンドン子供を産んでますからね。
ネコ好きな近所の方と、ネコ嫌いな近所の方、いろいろいるわけです。
今回の舞台は、私の生活ともちょっぴりリンクしていて複雑でした。

颯子の独特な雰囲気だけでなく、
文男に対し、タバコは吸わないという約束をしていたのことへの裏切り、
さらには、子安からの提案であった、地方にいるネコの保護が、
じつは他国へ食料として輸出されているのではないか?という疑惑。
そして、そもそもの生活環境の不均衡。
(黒い雲、大量のバッタ、停電の増加)
状況が悪い方へ悪い方へと向かっている。終末思想?
こういった、いろんな不安要素がたくさんありました。

食料としてのネコの輸出というコンセプトは、
なかなか面白い指摘だと思います。
イヌやネコは食べてOKで、クジラやイルカはいけない。
なぜなら、クジラやイルカは賢く、人間に近いから。
そんな意見があるのも事実。
文化、伝統、歴史、いろいろあるので、
なかなかすぐに解決できない問題。

停電の場面では、舞台も真っ暗。
その中で、演技は続いていきます。
しかもかなり長い。3〜5分ぐらい続いたでしょうか?
あの暗闇の中での演技というのも、なかなかないと思います。
私も地方出身なので、かつて輪番停電を経験しています。
夜中、真っ暗闇にもかかわらず、外は意外と明るい。
月の明かり。これがどれだけ明るいのものなのか、初めて知りました。
とても貴重な経験。

映画作りの話が出てくるのですが、
正直ここは弱かったと思う。
なかなか撮影が進まず、ということなのだけれと、
あってもなくても良かったかな?
イマイチ、インパクトは弱かった。

キンピラゴボウを淡々と食べるシーンも、
受取り側としては、なんと言っていいのか難しい。
物凄く高度な世界・・・と思ってしまう。

最後の方で、颯子が「バーカ」と虫酸が走るような怖さで怒鳴ります。
かなり怖かったです。
表情も、声も。
男でもかなり引く感じ。
ところが、この光景を見て主婦の美園は、
その行為、仕種が「かわいい」と言う。
これは人それぞれの受け取り方、感覚の違いなのかな?

役者さんはみなさんプロの方なので、特に言うことはありません。
ただ、おそらく主役?ヒロイン?であろう、
颯子役の菊池佳南はとても印象に残りました。
まず目に特徴がある美人。
舞台でも集中して観ることができたのは、彼女のおかげ。
その彼女が突然目をひんむいて怒ったり、狂気じみた行動にでると、
本当に怖い。
可愛い顔をした子が激変すると、こんなに怖いものなのか?と思ってしまう。
その彼女を妻にしていた文男は、よほど度量がないとできないもの。
あんな罵声を浴びたら、普通は萎縮するもの。
「あっ、この子はダメだな」と思うか、
「俺が支えてあげないと」」と思うか、男だったら意見はわかれるでしょうね。

彼女はずっとではないけれど、裸足でいることが多かった。
これも本当は何らかの意味があったのかな?

総括
エンターテイメント性は全くない、淡々とした日常の生活が舞台。
エンディングも、フワッと終わる。
世界が終末に向かっているのではないか?という部分が見え隠れしつつ、
恋愛関係、人間関係のもつれ、精神的部分の主張も強い。
この物語を通じて伝えたいメッセージがあるのかないのか、
私には理解できなかった。
ただ、そういった舞台は山ほどあるし、特に気にしなくていいのかもしれない。
ただ、見終わった後の率直な感想は、
観客の思考のハードルをより深く、さらに高めにしないと、ついていくのが大変。
(敬称略)
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